2019.12.3見学記録 鈴木孝雄 

熊谷市のソーシャルファーム「埼玉福興株式会社」の一端を見学させていただいた。農業生産法人である同社の新井利昌代表(埼玉県出身・1974年生)はほかに障がい者施設や障がい者を自立・支援サポートするNPO法人などを運営している。グループ全体を統括し、これからの福祉の在り方を提起し、実践しながら障がいを持つ人たちと一緒に未来を切り拓いていこうとしている。事業の全容はご自身の著書「農福一体のソーシャルファーム」(創林社発行)に詳しい。
ここではオリーブ農園にスポットをあて、著書を引用しながら、レポートしてみたい。
新井さんは大学を卒業後、知的、精神、重度、複合、犯罪歴などあらゆる障がい者を受け入れる施設で目一杯働きながら、自分の生き方をスローライフと決めた。1996年、父と共に埼玉福興を設立、農業なら障がい者が働ける場を創れる、として「農福一体」を実現してきた。県内外の自治体からもモデル事業として注目されている。
しかし新井さんはそこにとどまらず、さらに安定していて持続可能な仕事を模索していた。ある日、樹林の中で重度の精神障がい者が楽しそうに歩き回り穏やかに過ごしていることを発見、樹木を世話するグリーンケアが良さそうだ、との思いに至った。樹林は心身を癒やしてくれる。
考えを巡らせているうちにオリーブ林がひらめいた。「なぜオリーブを思いついたのか分からない。天の啓示だったとしか言えないけれど、天候の変化にも強く、健康的で持続可能な仕事ではないか…」。
2003年、天啓を得ただけで予備知識も当てもろくにないまま小豆島へでかけた。たまたま泊まったホテルで支配人から「そういうことなら」と紹介されたのが井上誠耕園。およそ70年前に日本で初めてオリーブ栽培に成功した草分けだった。井上誠耕園とのつながりはこれを契機に発展していくのだが、ホテルの支配人と井上誠耕園の3代目社長が同級で野球部だった縁からつながったわけで、偶然に偶然が重なった。さらに天啓を輝かせるのが栽培環境だ。小豆島と熊谷は地質、平均気温、日照時間、降水量が似ていて栽培に適していることが分かった。
オリーブの原産地は地中海沿岸で、古代ギリシャが栄えたのはオリーブのおかげだったと言われるように、有用性が高く、果実はオイルを搾るだけでなくピクルスやドライフルーツに、木は堅く傷がつきにくいのでまな板などの調理用具や家具に使われる。葉はポリフェノールを豊富に含んでおりお茶をはじめ様々な健康食品に使われている。
古代ギリシャでは国外への持ち出しを禁止したという。小豆島でも「オリーブの島」というイメージを大切にしているため、苗を極力島から出さないようにしている。新井さんの、障がい者と共に歩んできたキャリア、働くことで自立していける仕組みを確立していきたい、オリーブには障がい者の豊かな将来が期待できる、といった熱意が通じたのでしょう、香川県池田町産業振興課から譲ってもらえることになり、翌年から熊谷での植樹が始まった。
始めに手がけた実験林には散策路のような見学コースがある。
ヤギで下草を始末するのも実験の一つ。オリーブも食べてしまうので世話係が必要になった。生き物は24時間見ていなければならない。就労支援では働けない障がい者の仕事が生まれた。ヤギを飼うことで障害者同士の思いやりも生まれた。100頭規模になればチーズの生産だけでなく、ヤギ自体を草刈り代わりに貸し出すビジネスになることも見当がついている。鶏小屋にも面白い工夫があった。小屋に床がない。しっかりした囲いと屋根、卵を産むための棚、手作り作品の看板。床がないだけなのだが代わりに車輪が付いている。草の生えているところに移動させれば鶏が食べてくれるし糞は肥料になる。野草や昆虫、ミミズは美味しい卵に変わる。ハーブや果樹を混植した自然栽培、無農薬、無肥料での農場作りも先行きの目標の一つだ。
新井さんは農福一体を、実践で実績を積み上げ、新規分野への実験にも果敢に挑んでいる。ソーシャルファームのファームは農園(farm)ではなくfirm=会社、企業のことだが、農産物が柱なので少し紛らわしい。しかし障がい者が就労訓練のような福祉的就労を経て、生活の場として農業に従事し報酬を得る。未来を生きる若者たちの目指す職場を作ろうとしている会社だ。つまりソーシャル(社会的な)・ファームなのでファームを混同しても大きく外れるわけではなさそうだ。
オリーブ農園は2004年の200本から始まり、現在、熊谷や太田に樹林地を確保、約7000本に達している。すでにオリーブオイルは国際コンクールで金賞を受賞、ハーブティーなど関連商品の開発、商品化も順調だ。
地球環境に優しい農福一体はオリーブにより、イタリアのソーシャルファームやソムリエ、パティシエなどこれまでになかった人脈の広がりももたらしている。新たな知恵や視点を柔軟に取り入れながら障がいを持つ人、長時間は働けない人、高齢の人などが「できる仕事をする」農園を何倍にも大きくしていく計画を、気負わず淡々と進めている。1234567891011121314151617181920

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